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アネモネ手帖

小説家・三木笙子のブログ

吉野家の牛すき鍋膳と「自分を酔わせる世界」

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何であれ、気に入ったら飽きるまでひたすら食べ続けてしまうのですが、今ちょうど、吉野家の牛すき膳にハマっています。


間を置いて食べれば長く楽しめるでしょ、と言われたりもするのですが、どんなに熱中したとしても、遅かれ早かれ、人は必ず飽きるので、好きだと思うときに存分に味わっておいたほうがいいのではないか、と私は思うのです。
努力してもどうにもならないことは幾つもありますが、何かに熱中することは努力してもできません。
好きになりたい、夢中になりたいと願っても、心が上滑りするだけですが、その一方で、出会い頭の事故のように思いもかけないものに大ハマリして呆然とすることもあります。
何が羨ましいといって、何かにのめりこんでいる人ほど羨ましいものはありません。
人様に迷惑をかけず、社会生活とギリギリ折り合う必要はありますが、対象はころころ変わってもいいので、何かにずっと熱中して生きることができるなら、それこそが幸せな人生だろうと思っています。

「私も夏の夜明けの立葵の透明な花に夢中になることはあります。いえ、何日もつづけて書に打ちこんで、家のことも、家業のことも、すっかり忘れていることもあります。でも、私はやはりこの世に戻ってきて、家長の勤めも果すし、家業の繁栄に心を配ります。しかしあの人たちは、そういうものがない。あの人たちは自分を酔わせる世界に行き、そこに移り住んで、こちら側のことは考えるどころか、そんなものがあると思ってもいないのです。あの人たちの眼が、ものを見ているようで、そのくせ、放心したようにぼんやり見えるのは、そのためです。あの人たちは自分を酔わせる世界をじっと見つめ、他のものは眼に入らないのです」


『嵯峨野明月記』辻邦生中央公論新社

以前にもブログで引用しましたが、私の理想の生き方です。
でもやっぱり私にはできないなあ。
代わりにといっては何ですが、牛すき鍋膳を黙々と食べています。

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