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アネモネ手帖

小説家・三木笙子のブログ

「母親の愛情を利己的な愛情と思った」

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タイトルは、明治生まれの数学者・岡潔の随筆集にある一文から引用しました。

 

ところで、私自身どんな道義教育を受けたかふりかえってみよう。
私が初めて道義教育を受けたのは数え年五つの時だった。
これは祖父から受けたもので、一口にいえば「ひとを先にして自分をあとにせよ」という教育だった。
(中略)
母はふつうの母親と同じように、私をひたむきに愛してくれた。
ところが私は、祖父から他人を先に自分をあとにするように徹底的に教えられていたので、母の愛情を利己的な愛情と思った。
そのため母にひどく悲しい思いをさせたことがあるに違いない。


『春宵十話』岡潔(光文社)

つまり、自然に湧き上がってくる「愛」は道義に背くもので、利己的だとお考えになっていたようです。
まさに「滅私」。
昔の武士ってこんな感じなのでしょうか。

父の主義からすると、子供たちを愛していることを子供たちに気づかせてはならない、気づかせると子供たちはつけあがるというのだ。
子供たちが楽しんでいる時には怖い顔をしていて、子供たちが大喜びをして羽目をはずさないように、時には、彼らの楽しみをぶちこわしてやらなければならない、と考えていた。


『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代(上)』ゲーテ岩波書店

ドイツのしつけは鬼のように怖いと聞いていましたが、小説とはいえ何となく納得させられる一文です。
子からの親への視線、親からの子への視線も様々です。

 

でもあれですかね、岡先生も年取ってから、「母さんにちょっと可哀想なことしたなあ……」と思うようになったんですかねえ。

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