アネモネ手帖

小説家・三木笙子のブログ

たとえ結果が分かっていても : 灰原薬 『応天の門』 (新潮社)

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頭でっかちで無愛想な菅原道真がホームズ役(右)、ザ・いい男!の在原業平がワトソン役(左)の、平安時代ミステリー。

 
面白くって浮き浮きしながら読んでいたのですが、歴史上、道真がどうなるか、日本人なら誰もが知っているので、物語が楽しければ楽しいほど、道真と業平の友情が深まれば深まるほど、読んでいて大変切なくなります。

 

人間に未来を見通す力が与えられなかったのは、自分の人生がどうなるか知ってしまったら、もうそこで生きることをやめてしまうからではないかと思います。
人生は大抵のところ、ガッカリで残念なことばかりだろうから。

三蔵法師は、大きなものの中における自分の(あるいは人間の、あるいは生物の)位置を――その哀れさと貴さとをハッキリ悟っておられる。しかも、その悲劇性に堪えてなお、正しく美しいものを勇敢に求めて行かれる。確かにこれだ、我々に無くて師に在るものは。なるほど、我々は師よりも腕力がある。多少の変化の術も心得ている。しかし、一旦己の位置の悲劇性を悟ったが最後、金輪際、正しく美しい生活を真面目に続けて行くことが出来ないに違いない。あの弱い師父の中にある・この貴い強さには、全く驚嘆の外は無い。

 

山月記・李陵』「悟浄歎異」中島敦 (岩波書店)

 三蔵法師クラスでもない限り、やっぱり「知らぬが仏」と思います。

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