アネモネ手帖

小説家・三木笙子のブログ

「なぜ日本で私小説がしぶとく生きつづけるかわかる?」:『日本人へ リーダー篇』塩野七生(文藝春秋)

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「なぜ日本で私小説がしぶとく生きつづけるかわかる? 縁側に立って庭の梅の樹を眺めている著者の心境なんて、ほんとうのところは彼以外の人には関係ないことなんだ。それなのに、関係ないはずの他人までが読む。しかも読んだ後で、他人事ではないのだと思うようになる。文章が上手いからなんだ。そして日本では今だに、文章の巧者は私小説の作家に多い」


『日本人へ リーダー篇』「プロとアマのちがいについて」塩野七生文藝春秋

 
塩野先生の処女作を担当なさった編集さんがおっしゃった言葉だそうです。

「その私に彼が教えようとしたのは、私的な心境を表現するのに適した文章があるならば、戦争や政治を叙述するのにもそれに適した文章ががあるはずだ、だからそれを見つけ、文学的ではないと批判されようともかまわずにそれで書け、ということであった。」

私が「文章」というものを初めて意識したのは17歳の頃です。
はじめて辻邦生先生の『嵯峨野明月記』を読んだときでした。
この作品には三人の主人公が登場するのですが、まず最初に「一の声」である本阿弥光悦が語り始めます。

「私はもうすでに十分生きながらえてきたように思う。」

この一行目を見て、なんていい文章だろう、と思ったのでした。
そして絶対に、この方が書く小説は好きになる、と確信したのですが、基本的に外れるワタシの勘の中で、当たったのは唯一これくらいです。


その後、辻先生に講談社気付でファンレターを出しました。
(その節は転送してくださってありがとうございました)
ワタシは子どもなりに一生懸命考えて、文章が良かったということを伝えようとしました。
他人の皮膚を移植すると白血球に攻撃されてはがれ落ちるけれど、辻先生の文章は自分の皮膚と同じようにすっと身体の中に入ってきます、とか何とか、生意気なことを書き送った記憶があります。


今思い返すと、辻先生の文章は辻先生の世界を伝えるのに適した文章だから、当時の私は「いい文章だなあ」と思ったのでしょう。
その「適した」文章を追い求めて、日々試行錯誤の毎日です。

 

日本人へ リーダー篇 (文春新書)

日本人へ リーダー篇 (文春新書)

 
嵯峨野明月記 (中公文庫)

嵯峨野明月記 (中公文庫)

 

 

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