スタンダール、カフカ、漱石、ヘミングウェイ……十二文豪の小説作法 : 『黄金の時刻の滴り』 辻邦生 (講談社)
初版は1993年、今から24年前で、ずっと手元に置き、繰り返し読んできた本ですが、今月、講談社文芸文庫から文庫が出たので買い直しました。
この本に収録されている作品は、文学志望の青年が文豪に会い、小説を書くことについていろいろと話を聞く、というスタイルが多いです。
「(前略)はっきり言って私は涅槃的な陶酔の中に解体することを願っていました。私が没落しなかったのは、そうした死への甘美な誘惑よりも、美を造形する快楽のほうが強かったからです。それが私を生の側に引きとめてくれたのです。(後略)」
「聖なる放蕩者の家で」(トーマス・マン)p26
「いいかね。君が物を書くときには」とパパはテーブルに身を乗りだすようにして言った。「対象を描写するようなことをしてはいけない。わたしたち小説家は何か物語を語る人間と考えられている。たしかにそういう面を持っている。だが、ストーリーテラーであるだけでは、小説家は十分ではない。ストーリーを書くのは、それが強い感動を伝えてくれるマシンだからなのだ。(後略)」
「永遠の猟人」(アーネスト・ヘミングウェイ)p41
ちなみにトップの画像はノリタケから出ている「ヘミングウェイ」という名前のコーヒーカップです。
(画像は公式サイトからお借りしました)
今、自宅で使っているのですが、
ワタシ「これ買う! 小説家には縁起よさそうだし!」
オコジョさん(夫)「縁起………良いでしょうか………」
なお、「永遠の猟人」ではヘミングウェイの最後の日々を扱っています。
「小説家にとって何が大事なのですか」
「物語を信じる力だね」
「物語?」
「そうだ。物語だ」
「丘の上の家」(W・サマーセット・モーム)p70
「(前略)しかしぼくは、せっかく与えられた精神というものを、人生のそんな下らぬことに使いたくなかったのです。精神とは、物を感じ、物を与え、物を作りだす素晴らしい能力です。ぼくはそれをたえず楽しいこと、有益なこと、明るいことに使ってきました。(後略)」
「黄金の時刻の滴り」(スタンダール)p156
ただ時おり、花屋の仕事も結構忙しいものですから、屋根裏部屋に戻ると、疲れ果ててしまい、原稿を書き継ぐ力がなくなることがありました。そんなときは心のなかの映像のほうも、夏の日の河原のように干上ってしまい、辛うじて細い水すじが流れているという有様でした。
(中略)
「もし書く力が出なかったら、そのときはそれをやりすごすことも大事よ」
「花々の流れる河」(ヴァージニア・ウルフ)p278
「だが、正直のところ、ぼくは酒場に入り浸り、社会の凡庸な生活を嘲笑して昼夜顛倒して通すようなボヘミアン風の生き方が好きではなかった。(中略)ぼくにはその理由が分らなかっただけに、それを仲間に打ち明けられなかったけれど、働くこと、慎ましくきちんと暮すことに、何ともいえぬ憧れを覚えた。
「オリガの春」(レフ・トルストイ)p298
小説作法として読んでもよいのですが、やはり作品の中の静謐な空気に触れたくて何度も読んでいる一冊です。
【三木笙子プロフィール】
デビューした時から「仕事や勉強の後にほっとした気持で読むことができる小説」を目指してきました。
読者に「優しくて暖かな雰囲 気」「心地よい哀しみと快い切なさ」「読後感の良さ」を提供したいと思っています。
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