「奥様」と呼ばれて
先日、ポストの前で近所に住んでいる年配の女性から、
「奥様とはよくこちらでお会いしますね」
話しかけられて固まってしまいました。
「奥様」って誰!?
確か池袋にある執事喫茶だと、旦那様とか奥様とか、希望の呼び方で呼んでもらえるそうだが、ここはむろん執事喫茶ではない。
ああワタシが奥様なのか……と理解するまで数秒かかり、が、その後も何と言っていいか分からなかったのでやたらと頭を下げてその場をごまかしました。
ああ緊張したー。
江戸時代には「旗本以上の大身の武士(町方与力も含む)の妻女」の意味である。下級武士や町人の妻女に使うのは間違い。御家人や町方同心、下級武士の妻女なら「御新造様」、町家なら「おかみさん」である。(中略)「奥様・奥さん」が乱用によって普遍化するのは明治以後である。
夫を殿様、もしくは御前といえば、その妻を奥様という。夫を檀那様といえば、妻を御深窓様という。御亭主といえば、おかみさんという。ちゃんといえば、おッかあという。必ず相対して乱れぬ習慣だったのに、近頃はこれを誤って、中流以上の家では、夫を檀那様といいながら、妻を奥様という。この場合は御深窓様であるべきだのに、かように誤る。(中略)明治二十年台に、月旦子は既にこういっているが、それから七十年を経た今日では、裏店の女房までが、一様に皆奥様となってしまっている。
明治二十年といえば1887年で、二年後には憲法が公布されます。
この時期から「奥様」の一般化が始まっていたわけで、今ではすっかり定着していますし、2017年現在、私が人様を呼ぶ場合は、「貴女の旦那さんは~」「貴方の奥さんは~」といいます。
それでもワタシが驚いたのは、上品かつ丁寧に呼びかけられたからではなく、「家」の中の人、誰かにとってある立場にいる人、という意識が希薄だからかもしれません。
ただ、「御新造様」と呼ばれたら、タイムトリップでもしたかと思う。
【三木笙子プロフィール】
デビューした時から「仕事や勉強の後にほっとした気持で読むことができる小説」を目指してきました。
読者に「優しくて暖かな雰囲 気」「心地よい哀しみと快い切なさ」「読後感の良さ」を提供したいと思っています。
★「三木笙子の新刊・既刊」に三木笙子の詳しい仕事情報をまとめています